「鶴湯」92年の歴史に幕 石巻市唯一の公衆浴場 「時代の流れ」と杉山さん
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石巻市 社会 外処 健一 2019年7月27日(土) 15時12分のれんをくぐると天井から下がった千羽鶴と園児が書いた絵が目につく。昭和の香りを残す石巻市唯一の公衆浴場「鶴湯」(つるのゆ)=同市住吉町一丁目=は、今月末で営業を終える。昭和2年に創業し、92年の月日が過ぎた。「これも時代の流れだね。寂しさもあるけれどやり切った感じの方が強い」。女将の杉山きよさん(78)に後悔はない。最終日の30日は入浴無料とし、地域に感謝を込める。
製材業を営んでいた杉山房次郎さんが廃材の利活用を考え、昭和2年に道路向かいに公衆浴場を建てた。今も昔もこの場所は変わらぬまま。先代が74歳で亡くなった後、昭和42年から次男の栄八さんが後を継いだ。
すでに創業40年が過ぎており、老朽化した洗い場と浴場を急いで修繕。数年後には建物も増築してサウナも始めた。時は銭湯、公衆浴場の全盛期で石巻市内だけでも十数店舗あり、女川町から旧矢本町(東松島市)までの事業者で石巻浴場組合が運営されていた。
旧北上川沿いで海にも近い鶴湯は、石巻に入港した漁船員に人気の浴場。「サンマを頂いたこともあったわ。当時は風呂がない家も多かったので毎日が大にぎわい」。栄八さんのところに嫁いだきよさんは、当時を思い起こして目を細めた。
家庭風呂の普及で銭湯は減少し、平成に入ると大型温浴施設が増え始め、手軽なレジャーとして市民権を得るようになった。石巻市も例外ではない。そこに東日本大震災が発生し、鶴湯は復活を願う多くのボランティアの協力を得て24年元旦に市内唯一の公衆浴場として再スタートした。
サウナは廃止し、浴場は週3回の営業にした。震災の津波被害を受けて建物の前は更地となり、雑草が生い茂る。のれんをくぐった先に番台があり、ここで入浴料を払う。木製の下駄箱、風情ある体重計、1回20円のドライヤー、そして牛乳瓶が入った保冷庫。天井からは震災後に贈られた千羽鶴が下がる。
洗い場のタイルは昭和42年の改装当時のまま。掃除が行き届いており、古さを感じさせない。そして正面奥壁の富士山のペンキ画は震災後に大阪府のボランティアが書いた。湯船は2槽あり、ライオン像の口から湯が出ている。古き良き昭和の時代がここに詰まっていた。
◆「やり切った」と充実 営業終了に後悔なし
「消防法で地下にある重油タンクが使えなくなったの。5月に指導を受け、2カ月の有余期間をもらったけれど直すにしても大金がかかる。体は丈夫だけど年齢的に分からないところもあるし。継ぐ人もいないからね」
栄八さんは再オープンを見届けたその年の夏に77歳で他界。それ以降はきよさんが番台に立つ。毎年市内の幼稚園が入浴体験を行っているが、もうその姿を見ることもない。銭湯は体を清潔にするだけでなく、地域のコミュニケーションの場であり、鶴湯も日本文化を支えながら社会的な役割を担ってきた。
浴場の入り口に営業終了を告げる手書きの張り紙があった。「やめるんですか」「これからどこにいけばいいかな」。利用者からは惜しむ声が聞かれる。30日は入浴無料にして感謝を伝える。24年元日の再オープンも無料にしており、きよさんは常に利用客への感謝を心掛けてきた。
「時代の流れ。やり切った感じが強く、後悔はないよ」。のれんを掲げるきよさんは「最終日はたくさん来てほしい。公衆浴場がにぎわっていた昔のようにね」と願った。石巻で生まれ、石巻に根付いた歴史が幕を閉じようとしている。(外処健一)
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