石巻日日新聞

鳴瀬サロン 初めて地元開催 震災から7年3カ月

仙台移住者ら野蒜ケ丘に集う

東松島市 社会 石巻日日新聞 6月11日(月) 14時04分
慰霊碑から故人の名を探す参加者

 東日本大震災で被災し、東松島市の鳴瀬地区を離れて仙台市などに移住した人たちが毎月仙台市内で「鳴瀬サロン」を開き、近況を語り合っている。71回目となった9日は防災集団移転地として高台に整備された東松島市野蒜ケ丘で初めてサロンを催した。足が遠ざかっていた古里を久しぶりに訪れ、復興に笑顔を見せる人がいる一方で、再び“あの日”を思い出す人もおり、それぞれに7年の歳月を受け止めていた。

 平成24年に始まったサロンでは、震災前に鳴瀬地区で暮らしていた人たちが仙台市青葉区の中央市民センターに定期的に集まり、茶話会や趣味、芸術活動を通じて交流を深めている。みなし仮設住宅を出て地元で住宅再建する人や、そのまま仙台市に定住する人など生活環境はそれぞれだが、同郷であることに変わりはなく、今も約25人が毎月集う。

 サロン代表の尾形かよさんは、仙台市での生活を経て野蒜ケ丘に再建した自宅に昨年末移った。「震災を思い出すため、まだ海を見ることができない人もいる。でも復興が進む古里の今も知ってほしい」。サロンは71回目の開催にして初めて仙台市を離れ、野蒜市民センターで開いた。

 参加した25人に対して渥美巖市長は復興状況を説明。「災害公営住宅も来年3月にはすべて完成する。思いを刻み、今後も心を寄せてほしい」と語った。地元の高橋宗也県議は「野蒜ケ丘は医療福祉施設、商業施設、市民センターがそろう復興のモデル地区」と紹介した。

 古里で近況を語り合うことは、記憶を鮮明に呼び起こす。「悲しみや楽しさの思い出が入り交じるが、やっぱり野蒜がいい」と涙を浮かべる人もいた。一方で「最近は疲れが取れない。本音を聞いてもらえたり、甘えたりすることに今も抵抗がある」と心の問題も浮き彫りとなった。

 松島町に住む女性からは「観光面で東松島市と松島町の人々がつながれば、もっと古里に来やすくなり、前に進めるはず」との提言もあった。

 参加者は旧野蒜駅周辺に整備された震災復興メモリアルパークも見学。慰霊碑の芳名板から名前を探して指でそっとなぞりながら故人に寄り添う姿もあった。

最終更新:6月11日(月) 14時04分

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