石巻日日新聞

暮れゆく平成30年 川と街の一体空間描く

迎える年、そして新時代

石巻市 社会 石巻日日新聞 2018年12月29日(土) 13時36分
西日で輝く水面

 地域の歴史と文化を育み、市街地に沿うように悠久と流れる旧北上川。石巻市は江戸時代に北上川の水運を生かした交易のまちとして栄え、明治に入ってからは世界三大漁場の金華山沖を背景に漁業のまちとして発展してきた。昭和期は新産業都市の指定を受け、工業都市として新たな顔を築いた。

 平成時代は石巻専修大学の開学、復元船サン・ファン・バウティスタ号や石ノ森萬画館の完成、市町合併など産業や行政の一大転機が続いた。そして東日本大震災が未曾有の被害をもたらし、石巻地方は復旧復興に向けて歩み出した。

 「内外、天地とも平和が達成される」という意味を持つ平成。国内では自然災害が頻発したが、明治、大正、昭和と違って戦争のない時代でもあった。30年続いた平成も残すところ約4カ月。改元で新時代に入っても平和の崇高な営みは、次世代に受け継がなければならない。

 きょうも西の空に日が沈む。オレンジ色に染まるまち。旧北上川の水面が日を浴びてキラキラと輝く。こんな風景を目にすると心が安らぎ、師走の忙しさも忘れる。災害復旧で2020年度の完成を目指す新内海橋。4代目の架橋を待ちわびている市民は多い。

 湊方面から内海橋を通り、中央二丁目に入ると左手側に市が今年9月に開設した「石巻市かわまち交流センター」が見える。観光案内や地域交流の拠点であり、昨年開業した隣の商業施設「いしのまき元気いちば」と連携し、中心部のにぎわい創造を目指していく。

 震災前は無堤防地区だった中央付近には河川堤防が築かれ、川に親しむ遊歩道も一部で整備が進むなど川と街が一体となった空間が生まれつつある。平成30年は、石巻市の「かわまち交流拠点整備事業」に大きな前進が見られた年。今ある姿も途上であり、整備は来年も続く。

 川の流れのように時も流れゆく。あさっては平成最後の大みそか。時代とともに1年を振り返り、迎える年、時代は平凡な日常のありがたさが感じられる毎日であってほしい。東日本大震災を経験した私たちだからこそ、心からそう願う。

最終更新:2018年12月29日(土) 13時36分
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次代への軌跡 「少子高齢化による石巻市の人口減少」
平成17年の合併時に17万人いた石巻市の人口は減り続け、今や14万人ほど。東日本大震災の被害の大きい地域の減少が目立つ。しかし、そうでない地域でも町内会など自治会活動の実働を担う人が高齢化し、継続に支障が出てきている。
※執筆担当記者へご意見、ご感想をお寄せください。
企画連載「次代への軌跡」は、地域の今を未来への軌跡の起点としてとらえ、各分野における課題と思われる事象について、記者一人一人が向き合い、読者の皆様と一緒に考えていくきっかけにしていくコーナーです。
働く人が減るということは、稼いだお金を使う人が減ること。つまり、経済が縮小するということだ。商店の経営環境は厳しくなる。企業のもうけが減れば市の税収も減り、行政サービスが低下するおそれもある。補助金が投入される住民バスや路線バスをはじめ、公共交通は現状のままでの維持が困難になってくる。
施策の実績や進ちょくは毎年度に推進会議などが点検、評価。これはあくまで個別の施策の話であって総合戦略が100%達成できたとしても、人口減少が抑制できる保証はどこにもない。市の担当課は「どんな施策が将来につながるのか、とにかくやってみないと分からない」と話す。
そこで重要になるのが、観光客などの交流人口の拡大。そこに住まなくても他から行き来する人が増えれば街は活性化する。昨今注目されるのは、地域や地域の人々と多様に関わる「関係人口」。震災の支援をきっかけにした交流が広がった石巻市は、受け入れを増やす下地がある。
人口減少しても活力あるまちを目指すべきだろう。人が減るということは、一人一人の活躍の場が広がるということ。個人の仕事や学業に専念するばかりでなく、多くの人がまちづくりや身近な地域の活動に参画していくことを提言したい。

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