石巻日日新聞

震災報道に違和感覚え

 上智大学2年生の椋木りあんさん=東京都豊島区=は、発災当時小学1年生だった。母方のそう祖父母や親戚が石巻市相野谷に住んでおり、現在に至るまで何度も石巻に足を運んできた。椋木さんは現在、大学でドキュメンタリー制作などを通してメディアを学んでいる。東日本大震災への思いが学びの動機付けになっており「卒業後は、石巻の現在を伝える報道に携わりたい」と夢を抱く。


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津波で親友2人が犠牲

 女川中学校の音楽教師、小海途玖実さんは女川町出身。発災当時は浦宿浜にあった女川第一小学校(現在は閉校)の5年生だった。家族は無事だったが、同級生2人を津波で亡くした。「教え子たちにつらい思いはさせたくない」。震災を知らない世代に出来事を伝え、命の尊さを訴える。


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集落の世話役として奔走

 漁業をなりわいとした石巻市渡波の佐須浜は、津波で大きな被害を受け、亀山輝雄さんは避難した人たちの世話役として奔走した。これまで震災を語ることを避けてきた亀山さん。風化が心配される中、「あの時は泣いだ。何にもなくなって、これからのことを考えると涙が出た」と向き合った。


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 東北社会人サッカーリーグ1部のコバルトーレ女川は9日、今シーズンの新体制を発表する「キックオフパーティー」を女川町まちなか交流館で開いた。新入団4人を含む選手25人や葛野昌宏監督(48)らが出席。集まった自治体やスポンサー企業関係者ら約60人にJFL復帰を誓い、一層の応援を呼び掛けた。


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「いのちの石碑」建立メンバー 母校の女川中で講演

 自然災害や津波から1千年先の命を守るため、女川町内に21基の「いのちの石碑」を建立した東日本大震災当時の中学生。そのメンバーが11日、女川中学校で震災を考える講演を開き、1―2年生70人が受講した。震災の記憶を風化させることなく、後世につないでいく大切さを学んだ。


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