石巻日日新聞

74年かけ米国から古里に 返還日章旗に平和願う

蛇田の高橋さん遺留品

石巻市 社会 石巻日日新聞 11月1日(金) 8時47分
日章旗を受け取った靜夫さんのめいのかよ子さん(中央)

 第二次世界大戦末期、フィリピンのルソン島で若くして亡くなった高橋靜夫さん=石巻市蛇田=の遺留品である日章旗が24日、遺族に返還された。元米兵の家族から県連合遺族会石巻支部を通じての返還であり、旗には靜夫さんの武運を祈る親類らの言葉が寄せられている。旗を受け取っためいの高橋かよ子さん(77)=同=は、戦地で散った靜夫さんの姿と平和の尊さに思いをはせていた。

 ルソン島は約21万人の戦死者を出した激戦地。20代前半で出征した靜夫さんは陸軍歩兵連隊に所属し、終戦間近の昭和20年1月に帰らぬ人となった。日章旗は出征の際に贈られ、戦地に持ち込んだ後に米兵が戦利品として回収した。

 今回、返還のきっかけとなったのはオレゴン州に所在する非営利団体「オボン・ソサエティ」。米国内には同様の理由で日章旗が多数あり、同法人は10年前からその調査と返還に取り組む。これまでに返した旗は250枚以上を数える。

 同団体を介した石巻市の遺族への返還は昨年に続き2回目。厚労省から旗の存在を通知された同支部が、事務局の市社会福祉協議会とともに市の協力を得て遺族を調査。靜夫さん自身には子どもはいないが、その兄の娘に当たるかよ子さんらにたどり着いた。

 返還式は市社協であり、かよ子さんと妹のきぬ子さん(74)、同支部の鈴木喜美男支部長と芦野正一副支部長、市社協の大槻英夫会長が出席した。

 日章旗には日の丸の横に筆字で大きく「武運長久 高橋靜夫君」と書かれている。親類や住民による「必勝祈念」「男子之本懐」などの激励が並び、「人類乃敵米英を滅さん」と当時の時勢をうかがわせる言葉もある。

 さらには「叔父さん頑張ってね」と、かよ子さんの名前で書かれたものも。当時、かよ子さんは3歳前後。靜夫さんの記憶は小さな写真に写る姿のみであり、寄せ書きも代筆とみられるが、「こんなことを言っていたのでしょうね。叔父とのつながりを改めて感じます」と目を細めた。

 また、かよ子さんは「旗の返還の連絡を受けた時はボロボロなのだろうと思っていたが、とてもきれい。きっと大切にしてくれていたのだと思う」と感謝した。

 同支部が来年の終戦記念日に石巻神社で開く戦没者慰霊祭では、靜夫さんの日章旗の展示を予定している。

 鈴木支部長は「靜夫さんは戦地でたびたび旗の寄せ書きを眺めていたのだろう。遺族の高齢化で戦争の風化が懸念される中での返還であり、戦争の悲惨さを語り継ぐ重要性を改めて感じる」と話していた。

最終更新:11月1日(金) 8時47分

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