石巻日日新聞

きょうは 山の日 40年以上かけ百名山を制覇

石巻市の石森康一郎さん 仲間や家族に感謝

石巻市 教育・文化 熊谷 利勝 8月11日(金) 14時56分 配信
今月5日、山の会の仲間とともに100カ所目の甲武信岳の山頂に立った石森さん(中央)

 きょう8月11日は、山に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する日として昨年から国民の休日となった「山の日」。この日をさかのぼる約1週間前、石巻市貞山の石森康一郎さん(62)が奥秩父山塊の甲武信岳(2475メートル)に登頂。これで北海道の利尻岳(1721メートル)から鹿児島県屋久島の宮ノ浦岳(1936メートル)までの日本百名山すべての頂上を制覇した。高校卒業後に登り始めて四十余年。石森さんは仲間や家族の支えに感謝しつつ、次なる頂を見上げる。

 牡鹿半島で育った石森さんは高校卒業後、精油所の同僚とよく山登りに出掛けたが、各々の転勤、出向でその後はもっぱら一人での登山。転勤先の沖縄から石巻に戻った49歳の頃に「一人では危ない」という妻の和子さん(59)の勧めで愛好者団体の石巻山の会(当時は石巻勤労者山岳会)に入会し、複数人で登るようになった。

 それまでに一人で踏破した百名山が33カ所。すべての登頂は意識していなかったが、50歳の頃に「体力があるうちに登ってしまおう」と考えた。それから残り67カ所の制覇に十数年。「最後に登るのは甲武信岳」と決めていた。「百名山の制覇をみんなで祝いたいので、比較的近場を残しておいて」と仲間から頼まれていたからだ。

 今月初め、山の会の会員や交流のある東京都、神奈川県勤労者山岳連盟メンバーの総勢17人で登頂。山小屋では持ち込んだワインで祝杯をあげた。

 日本百名山は登山家で小説、随筆家の深田久弥が選定した山々。県内では蔵王山(1841メートル)がそれに当てはまる。山の品格や歴史、個性を基準にしており、最高峰の富士山(3776メートル)をはじめとした標高が高い山だけなく、1千メートルに満たない筑波山(877メートル)なども信仰の山として選ばれている。食事や水を提供する山小屋が整備された日本アルプスなどと違い、東北や北海道の山はしっかりとした装備での登山が必要だ。

 すべてを登頂したからといって認定証がもらえるわけではないが、「愛好者の憧れ」と石森さん。今後、インターネットで写真とともに登頂記録を公開するつもりだ。

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 百名山制覇はめずらしく、石巻山の会の菅野正雄会長(64)は「記憶している限りでは市内で2人目」という。実際、石森さんは順調に100カ所を回れたわけでない。多少の悪天候なら登るが、無理をしないのが基本だ。

 99番目の北海道幌尻岳(2052メートル)は今年7月に登頂したが、昨年8月に現地まで行きながら雨で登山を断念。再挑戦しようとした翌月は台風で現地までの飛行機が飛ばなかった。

 沖縄に住んでいた頃は宿泊しながら九州の山々を巡ったが、突然のホームシックになったため途中でやめてしまい、一昨年まで登っていなかった百名山も。南アルプスの光岳(2591メートル)では駐車場まで下山したものの、乗ってきた車のタイヤがパンクしており、さらにその先の林道が土砂崩れで帰れなくなったこともあった。

 百名山の制覇には時間もお金もかかる。幸い石森さんには仲間がおり、乗り合いで交通費は節約できる。なおかつ理解して送り出してくれる家族がいた。

 今、石森さんが改めて心に刻んでいる言葉がある。それは甲武信岳登山で東京都連の佐々木功会長が言った「山とその仲間は宝です」。趣味を通じて日本全国に仲間ができ、山でばったりと遠方の知人に再会することもある。

 「登った時のすがすがしさ、天気が良い日に巡り合わせた時の景色、高山の草花のすばらしさが魅力」と言い、年に20回ほど登山に出掛ける石森さん。生涯で初めての山は牡鹿半島大原浜の大草山(約440メートル)だった。

 山は百名山に限らず、二百名山、三百名山などもあり、未踏の景色を求める石森さんの興味は尽きない。

百名山を制覇した石森さん(左)と山の会の菅野会長
百名山を制覇した石森さん(左)と山の会の菅野会長

最終更新:8月12日(土) 10時45分

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